自分や金本聡のコトは、限りなく疎ましがるクセに……
そう思うと、どうしても言葉がキツくなる。
「で? その霞流って人に甘えるワケ?」
「甘えるって、そんなつもりはないっ」
そうだっ! よりによって、自分を見下すような相手に甘えるつもりなどないっ!
朝日を浴びる霞流―――
きっと金持ちのバカ息子のなのだ。そんなヤツに世話されるほど、落ちぶれてはいないっ!
――――――っ! だがっ!
「もし他に、アテがあったら?」
「え?」
一瞬、何を言われたのかもわからない。そんな美鶴に、横から聡も口を出す。
「例えばさ、制服なんて探せばお古が見つかるかもしんねーじゃん。よく市の広報とかに『譲ります』って載ってたりするしよ」
「唐渓の卒業生が、そんなの載せたりするとは思えないな」
言ってしまって、ふと唇に指を当てる。
金持ちの中には、人に親切をして満足感を味わうヤツがいる。善意の自己満足ってヤツだ。そういう輩が載せているかもしれない。
それに、あまり想像はしたくないが、制服マニアのような連中になら、唐渓の制服は意外と人気があるのかもしれない。
唐渓の制服は、デザイナーにも金を掛けているらしい。デザインを参考にしたがる美大生や被服関係の人間も、少しはいるだろう。
目的は別として、ネットショップなどに制服を流している卒業生が、いないとも限らない。
パソコンなど、美鶴は持っているはずもないし、中学の授業でチラリと触った程度だ。
だが確か、聡は小学生の時から、親のを使わせてもらっていたはずだ。
「聡」
「あぁ?」
頼るのは癪だが……
「アンタ、パソコン持ってる?」
「おっ ネットで探してみるか?」
聡はパッと目を開かせた。
「遅いけど、ネットには繋がるぜ。ウチに来るか?」
だが、美鶴が頷く前に声が割って入る。
「僕も持ってるよ」
振り返ると、なぜだか憮然と山脇が見下ろしている。
「僕のは光だから、こっちの方が快適だと思うよ」
「なんだよ、こっちだって光だぞ」
「でも、遅いんでしょ?」
「っんだよっ! 繋がりゃあ何だっていいだろうっ!」
「速いに越したコトはないだろう?」
「美鶴は俺に聞いてきたんだ。お前にゃあ聞いてねぇよ」
「僕だって大迫さんに言ってるんだ。君には言ってない」
美鶴の左右でお互いを睨み、どちらも引くつもりはないらしい。
あのなぁ〜っ 人の頭の上で、火花散らすのはやめてくれっ!
だいたい、これは私の問題だぞっ!!
これでは、どちらにも頼めそうにない。
…………
霞流に頼めば、探してくれるのではないだろうか……
このご時世、霞流の豪邸になら、パソコンの一台くらいはあるだろう。
結局どこかで霞流に頼ってしまうというのが気に入らないが、探してみるだけの価値はある。
「もう、いいよっ」
ボソリと呟くような声。聡も山脇もハッと視線を落とす。
「え?」
「もう、いい?」
「お前らには頼まない」
「頼まないって…… じゃあ、どうするんだよ?」
「霞流さんに貸してもらう。どうせパソコンくらいあるんだろうし……」
金を出して買ってもらうよりは、マシだろう。
何か言いた気な聡の口を、視線で黙らせる。だが、山脇の方が静かに口を開いた。
「住むところはどうするの? まさか霞流家に居候?」
美鶴は思わず瞳を閉じた。考えなければならないことが山のように出てきて、しかもそれをいちいち問い質されるとイライラする。
だが山脇は、美鶴に答えを求めていたワケではないようだ。間を置かずに言葉を続ける。
「アテが…… ないこともない」
「え? アテ?」
怪訝そうに見上げる瞳を受けて、山脇は曖昧に笑った。
「まぁ、見てな。霞流って人にばかり、いい格好はさせないよ」
長い睫毛の奥から時折見せる、挑むような意味ありげな輝き。
美鶴は思わず視線を逸らすと、努めて平静を装う。
「ふーん。じゃあお手並み拝見といこうかしら?」
そう言ってはみるものの、別に山脇をアテにするつもりはない。
二人に背を向けて歩き出す。
「おっ どこ行くんだよ?」
「駅よ。もうここには用もないからね。とりあえず霞流さんのところに戻って、状況説明しないと」
それにお母さんも気になる。あの分だと彼女はとことんお世話になる気だろう。私のいない間にどんな展開になっているのか、わかったもんじゃない。
大股に歩き出して、フッと視線を落した。
「これから買いに出かけましょう。よろしければ私もお供しますよ」
霞流慎二の、今朝の言葉。
お供するって、仕事は? そう言えば、お母さんの質問に言葉を濁してたな。学生ではないって言ってたけど、仕事をしてるとも言ってなかった。
親の脛かじってるボンボンなのかな? でも、それにしては人当たりが良かった。
美鶴の中で"ボンボン"と言えば、世間知らずの我侭なガキというイメージが定着している。ちなみにお嬢様というのは、ボンボンの女版といったところ。
金持ちは皆同じだ。みんな唐渓に通う無能な輩に違いないっ!
いくらそう言い聞かせても、霞流慎二には、そのイメージは当てはまらない。
ちがうっ! そうだっ! とワーワー叫ぶ頭を軽く抑えながら、ノロノロと駅へと向かって歩き続ける。
その後ろを、ブラブラと二人の少年がついていく。
「どうして、僕に声をかけたの?」
「あぁ?」
山脇の言葉に、聡は間の抜けた声を返す。視線はまっすぐ美鶴の背中へ向けたまま。
「クラスの子に大迫さんの火事のコトを聞いた時、三組行った後、まっすぐ僕のところに来ただろ?」
美鶴は二年三組。会いに行ったが登校しておらず、その後山脇のところへ行った。
「僕が何か知ってると思った?」
「思ったね」
相変わらず美鶴の背に視線を送りながら、後頭部で両手を組んでハッキリと答える。
「お前はそういうヤツだ」
「ずいぶんな誤解だね」
「理解の間違いだろ?」
チロリと、横を歩く少年を睨む。
「お前はそういうヤツだ。油断するといつ抜け駆けされるか、わかったもんじゃねぇ」
「僕がいつ抜け駆けした?」
「俺に内緒で美鶴の家に泊まった」
それを知った聡は、翌日美鶴を問い詰め、家まで押しかけ、そこで心の内を告げた挙句、美鶴を押し倒してしまった。
唇に微かな感触が甦り、思わず視線を落す。
あんなことを、してはいけなかったのだ。
押し倒している時ですら、してはいけないと叫んでいた。だが、聡は自分を止めることができなかった。
俺は、汚いヤツなんだろうか?
思い出しては繰り返し問う。
なぜ、美鶴にあんなコトをっ いくら好きだからって―――っ!
母の声が、遠くで叫ぶ。
聡っ! やめてっ!
俺ってヤツは――――っ!!!
厳しい表情で押し黙る聡。
詳しく事情を知らない山脇は、そんな聡に目を細める。
抜け駆け ……か
思わず笑ってしまいそうになり、なんとか堪える。
そもそも僕と金本聡とでは、スタートラインの位置が違う。彼と大迫さんは幼馴染。一方僕は、ほとんど初対面もいいところ。
中学時代にこちらが想いを寄せていたとしても、美鶴にはその存在すら知られていなかった山脇。
いや、知られていなかったワケではない。ただ、覚えてもらえていないだけ……
忘れられてしまっているだけ……
僕はこんなに、大迫さんのことが好きなのに―――っ
歯痒さに唇を噛むと、微かに鉄の味がする。
ちょっと抜け駆けをしたところで、僕の方が不利なんだ。
僕たちは、平等じゃない。
そう思うたび、山脇の全身を焦燥感が包み込むのだった。
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